コロッセオの仕事
- takujiotsuka
- 2021年10月21日
- 読了時間: 5分
晴天で見上げるコロッセオは実に壮観である
イタリアは乾季に入りジリジリと太陽が照りつけていた
コンスタンティヌスの凱旋門とコロッセオのちょうど真ん中に位置してるところが私の仕事場である
コロッセオに影がかからず写真撮影にはもってこいの場所なのだ
外周を走ってるチェリオ・ヴィベンナ通りはコロッセオ側から見るとなだらかな丘になっている
景観のため笠松が植樹されていて直射日光を避けるため私はよくその笠松の下に潜り込んだ
凱旋門の陰が日時計のように移動するたびにコロッセオの住人たちの休憩場所も変わっていくが私は笠松の下がお気に入りだった
仕事内容はコロッセオに団体ツアーで来た日本人観光客相手に集合写真を促してお土産として買っていただくというものだった
子供の頃より集合写真というものに慣れ親しんだ国民に即してる商売なのかもしれない
コロッセオ周辺には剣闘士の格好した大道芸人が世界中から集まる観光客相手に商売してる
日陰では馬車が小休止している 凱旋門周辺ではお土産やさんが2件出店していて店番は移民の子がしていた
傘やポストカードを手売りして歩いてる移民たちが観光客に近づいてお土産を売っている
彼らは店舗から駆り出された人間であって独立してるわけではないらしい
蝉の鳴き声がやけに多いと思っても、実は物売りが客引きのため発してる音だったりする
しばらく其処にいるとコロッセオで飯を食ってる人間かそうでないかはすぐわかってくる
外国人観光客から見ると私も移民の子と同じ立場であって、日本人ツアー客からすると私は大道芸人と同じくらい怪しい人物に映る
日本人のツアーで来る観光客たちはコロッセオ、バチカン、トレビの泉、スペイン階段と
4箇所回るコースがローマで設けられている、コース内容や通ってきた道路の混み具合によってコロッセオに来る時間がそれぞれ違うのだけど、初めて渡航した私はそんな情報は一切降りてくることはなかった
ただ毎日言われた通りコロッセオの周りを一日中かけずり回っては日本人ツアー客を見つけて声をかけるという試練が続いた
団体ツアー客を乗せたバスは北のフォリ・インペリア通りを通って南に位置るチェリオ・ヴィベンナに入りバス停で停車する
バス停で下車しツアー客はそこから信号を渡りフォロ・ロマーノを過ぎていく
ガイドを先頭にした行列一向がコンスタンティヌスの凱旋門に向かって歩いてくる
コロッセオの敷地から凱旋門まで距離にして100m位だろうか
それがヴィア・サクラと呼ばれる勝利の凱旋のために作られた道である
私たちはその間に添乗員を見つけて撮影交渉し、了承を得たらガイドに目配せして伝え
ガイドの話が終えたのを確認した上でツアー客に口上を述べ撮影に入る
一見簡単に見えるが恐ろしいほどローカルルールが存在し、それを破るとイタリア人に小言を言われ、いつまでも根に持たれるという厄介な事に発展する
前田さんという女の子が病気で仕事を離脱していたほか、私を含めた3人がコロッセオ写真撮影に携わっていた
一人は全身黒まみれで日焼け対策に執念を燃やす30代女性の磯野さん
もう一人はのっぽでなぜかイタリア人カメラマンからのび太と言われてる20代後半の角尾くんだった
角尾くんだけ留学経験があり英語が堪能ではあったが仕事はからっきし向いてなかった
全盛期は1日で80組強の日本人ツアー客がコロッセオに見学に来たという
そんなバブル期のような勢いはもうないが、サマーシーズンに突入する時期に入り日本人観光客が徐々に増え始めてきた
私と角尾くんで添乗員に話しかけ撮影に持ち込み、磯野さんとイタリア人カメラマンで撮影を行うという連携プレーが定着した
私が写真を撮れば良いと思われるがイタリアは権利社会の国なのだ
権利のない日本人が生粋のイタリア人の仕事を獲るとなると、とんでもない大事になる
それで日本語を喋れないイタリア人カメラマンに変わり、アシスタントとしてツアー客に口上を述べる役目が磯野さんだった
この口上がとてつもなく旨い
「みなさんこちらにお集まりくださ
これからみなさんの写真撮影を担当します 磯野と申します
私はみなさんと同じ日本人です ご安心ください
これからみなさんを後ろに見えますコロッセオを背景に2列もしくは3列に並んでいただ いて集合写真を撮らせていただきたいと思います
どうぞ宜しくお願い致します
みなさん本日はラッキーですよ 晴天でコロッセオがはっきり見えています
見てください 空も青空で綺麗ですね
それではイタリア人カメラマンを紹介します カメラマンのサルバトーレさんです
拍手をお願いします
サルバトーレさんはカメラマン歴20年のベテランです コロッセオ全体が入る広角レン ズを駆使し皆様と一緒に写真に収めることができます
それではこれから撮影に入らせていただきます こちらへどうぞ!」
団体ツアーでは見学時間が限られてるため、
写真撮影に時間を割くことが本来は許されない
そのため口上はとんでもなく早口で、しかも噛まずに伝えることが必須だった
アナウンサーの勉強をしてたとか、アナウンサーだったとか噂された
磯野さんのアドリブの口上は
渋々だった客人たちが一気に盛り上がりを見せ、しまいには拍手をしだす
バラバラだった観光客たちがまとまり出すのだ
こういった技術あるサービスがこの辺境の地で求められている
私たち男たちは磯野さん相手に全く勝てないので、いつまでたっても御用聞きに徹する
日々が続いた
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